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「遠い手紙」(37ページ) あらすじ
A.D.2050。物理学者 トノムラ コーイチローは、月面基地で研究生活を送っていた。超高速飛行を可能にするエンジン開発のためだ。大気圏内では放射線の規制が厳しく、実験ができない。そのため彼は4年間、恋人ノナを地球に置き去りにして月で研究を続けていた。
研究所のはずれには、1969年にアームストロング船長が付けた足跡がそのまま史跡として保存されている。彼はこの足跡になりたかった。自分の生きている「時間」を、「時の砂」に埋もれさせたくはなかった。
エンジンの完成が迫ったある日、ノナが泣きながら電話をかけてきた。彼女はいつもささいなことでトノムラにコールをして、彼はそれを少し疎ましく思っていたのだが、今日は「どうしても研究を休んで地球に戻ってきてほしい」と哀願する。離れて暮らす恋人を待ちながら歳を取っていく日々に疲れたのだ。
研究が大詰めに入っていたトノムラは、ノナに冷たい言葉で背を向ける。彼女はトノムラがテレフォンブースを去った後もずっと受話器を置かずに、彼に語り続けていた。
数日後、絶望の中、彼女は自ら命を絶つ。自分の行った仕打ちの結果に愕然とするトノムラ……そんな彼に地球から、彼がノーベル賞に選ばれたと連絡が入る。しかしトノムラは膝を抱えたまま動かない。「女一人守れずに、なにがノーベル賞だよな……」
トノムラは、彼女との「失った時」を取り戻すため、せめてもの償いを決意する。
「ノナが一週間前に送ってくれた電話は、電波に乗って光と同じ速さで二千億キロメートル先を駆けている。だから、ボクは光速を超えて君の声を捕まえにいくんだ。何十年かかってもいい。ボクたちの失われた『時間』のために」
彼はまだ速度調節のできない超光速ロケットに乗り、宇宙の果てに旅立つ。
――40年後、老人になった彼は宇宙の果てで、ノナからの最後のメッセージを受け取る。それはいつも通り、ささいな日々のくらしへの気遣いだった。
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